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今更ながら夏旅行 その4  笹畝坑道(岡山県高梁市)

昨日の日記にも書いたことですが、広陵の主将土生君が早稲田に合格、常葉菊川の好守好打の高野君が立教と、甲子園を沸かせた選手の六大学合格の朗報が少しずつ発表されています。 

六大学ではありませんが、現在慶應の2浪トリオとして六大学野球で活躍した古葉選手が監督、赤池選手がコーチをする東京国際大学野球部に元広島カープのエースとして活躍した故・津田恒美投手のご子息が九州の大学から編入試験を受けて入部したとの記事をサンスポのネット版で読みました。 来年からはカープの名将古葉さんが監督を務めるということもあり、津田さんのご子息がお父様に負けないほどの投手に成長するのが楽しみですね。 埼玉県にある東京国際大学野球部のメンバー表を見ると、かなりの強豪校出身の選手が多いので、競争も激しいこととは思いますが、是非とも頑張って欲しいものです。  ちなみに東京国際大学は東京新大学野球連盟 に所属しています。6月の全日本学生野球選手権大会に出場して早稲田と対戦した創価大もこのリーグに所属しています。 秋のリーグ戦終了時点での一部は東京国際大、創価大、流通経済大、共栄大、東京学芸大(元・ヤクルト栗山選手の母校)、杏林大です。なお1部から4部まであり、首都大、外大、ICU、農工大、理科大などもここに所属しています。

さて、飛び飛びで申し訳ありませんが、夏旅行の続きで、今回は岡山県高梁市の「笹畝坑道」です。 高原なので湿度が低くカラっとしているとはいえ、真夏ゆえに歩いているだけで汗が流れるような気温でしたが、坑道の中に入ると15~16度しかないため、一気に汗が乾いてしまい、半袖では鳥肌がたってしまうほど冷え冷えとしていましたが、坑内を歩いている時は、外とはまるで別世界で気持ちよかったです。Sasaune7_5

入り口を入るとすぐに天然クーラーの冷気が漂っています。Sasaune1_3 Sasaune6Sasaune2_2   Sasaune3

Sasaune4 人形による当時の作業風景。Sasaune5

江戸時代から大正時代まで操業した銅山を復元し、坑内が自由に見学できるようになっています。 高梁市のホームページから引用させていただきますと、吹屋の銅山(=吉岡銅山)は、大同2年(807年)に発見されたと伝えられ、古書に備中の産物に関する記載があり、吹屋の銅山としての記録は、戦国時代尼子氏と毛利氏の争奪戦以来、江戸時代初期一時、成羽藩(ちなみに2004年に高梁市に編入されるまで、このあたりは川上郡成羽町と呼ばれていました)の支配下にあったものの、大部分の間は、天領幕府直轄地で代官の支配下で稼いでいたとのこと。 その後、大阪の泉屋(住友の前身)がこの銅山を開発し、更に地元大塚家が再開発、明治になってからは三菱の岩崎弥太郎が買収したことにより、自家発電所を設け、削岩機を導入し精錬作業を機械化するなど、技術を近代化することによって、日本三大銅山になるまでに発展したそうです。

 明治以降三菱金属(株)の経営となり、周りの小山を吸収合併し、自家発電所を設け、削岩機を使い精錬等の作業を機械化し、日本ではじめて洋式溶鉱炉を造り、日本三大鉱山の一つとなりました。

江戸時代、産出された黄銅鉱や硫化鉄鉱は、ここから馬で成羽町下原の総門まで運ばれ、高瀬舟に積み替え玉島港まで高梁川を下り、そこからは海路を利用して大阪の同役所まで運ばれていたそうです。

最盛期には1600人以上の従業員がいて、吹屋の町も羽振りがよかったようですが、粗鉱の質が低下したため、昭和6年にはいったん休山していたものの、戦後銅の需要が増えたために再開し、ほそぼそと操業していたものの、昭和47年にはついに長い歴史に終止符をうつことになりました。 その吉岡銅山の一部である笹畝坑道が産業遺産として一般に公開されているわけです。

それにしても岡山はどこを訪れても風情があっていいですね。 ケーブルテレビでは私がこよなく愛する詩人かつ随筆家・薄田泣菫の特集とかやっててアカデミック。録画して家でじっくり見たかったほど。 以前訪れた津山で見たケーブルテレビは今思えば超お宝でした。 夏の清涼感のある和菓子の紹介をされていたのが「くらや」(津山の老舗和菓子店)の現社長さんでB’zの稲葉さんのお兄様だったのです。そのことを置いといても、とても美味しいお菓子ばかりが並んでいます。 城下町として栄えた津山には、「くらや」さんに限らず老舗の美味しい和菓子屋さんが沢山あります。 古い建物が大切に残され、吉井川の向こうに広がる中国山系の山並みの美しい町は一度は訪れてみる価値があります(歌人・与謝野晶子がここを訪れた時、「旅人が作の津山の城に立ち見れば 吉井の川霧のぼる」という歌を詠んでいます)。私が物心ついて初めて訪れた岡山の山奥の温泉を再訪した時、ローカルTVを見れば、ニュースのBGMが綺麗なメロディラインの曲の多い中西圭三(岡山出身)さん の「ダイヤモンド・トレイン」(Ah~Diamond Train~君の微笑みは~♪のフレーズが印象的。かなり前の曲というか、この曲が流行った頃だったので)だったりして、岡山を訪問するたびに、小さな発見、小さな感激っていう感じです。Tsuyasa1

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