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高校野球関東大会決勝 塾高-習志野 & リリーフ明投手(塾高)のお父様が甲子園に出場した頃

今日は三連休あとの月初ということで、仕事が超忙しく、年休をとって保土ヶ谷球場で開催されている高校野球秋季関東大会の準決勝を現地観戦というわけにはいきまんせんでしたが、時々こっそりと試合経過をパソコンでチェックしていました coldsweats01

baseball 本日準決勝の2試合が行なわれ、(第一試合)習志野-高崎商業は、2-1の僅差で習志野、(第二試合)塾高-前橋商業は8-4で塾高が勝ちました ので、明日の決勝は、「塾高-習志野」となりました。 習志野は1975年夏の甲子園の優勝校です。それ以降も甲子園に出場している(後述参照)名門校ですが、夏の優勝が一番印象に残っています。 優勝投手は、中央大学を経てヤクルトに入団した小川投手だったような気がします。

塾高は最初先制したものの、3回に逆転され、仕事中もハラハラしていましたが、暫くしてからパソコンで途中経過をチェックすると、4回にすぐに逆転して、その後も加点して、何とか勝利を納めました \(^o^)/。 今年の塾高は点をとられたらすぐに取り返す、粘り強いチームという印象です。  そして昨日、今日と、塾高の絶対的エースの白村君が珍しく点をとられてしまいましたが、何と腰痛を押しての力投だったことを、今日のスポーツ新聞のネット版で知りました。今日は途中降板したものの、痛みを押しての出場。 そのハンパではない精神力には頭が下がります。 それをメンバーが知ってのことなのか、打線の奮起も勝因の一つではないかと思います。

185センチ右腕慶応・白村は、最後の打者を捕邪飛に打ち取ると、マウンド上で仲間と抱き合い歓喜した。「自分の手で甲子園をつかみたい」という一念で戦ってきた。今年、春夏連続出場した甲子園で、背番号10でベンチ入り。だが力道山の孫の田村圭投手(3年)らがいて、登板機会はなかった。今秋は神奈川大会の5試合、44イニングを1人で投げ抜き、49年ぶりの優勝へつなげた。疲労から腰痛が悪化。この日は制球が定まらず3失点も170球を投げ抜いた。それでも「自分らも先輩たちに続きたい。明日も行く」と連投を宣言した。 (2008年11月4日 日刊スポーツより一部引用させていただきました)

白村君、腰痛ということで、今日リリーフ登板した「明」投手の苗字は、どこかで聞いた覚えがあるなあって思っていたのですが、お父様は、1980年、愛甲投手の横浜高校が全国制覇、荒木大輔投手の早稲田実業が準優勝した年に、富山県代表として出場した新湊高校のリリーフ投手だったみたいです。 この年は都立の進学校国立高校の出場も大きな話題でした。 ちなみにあの広陵の中井監督も出場してベスト8まで進みました。 明日塾高と対戦する習志野高校もこの年出場して東北高校に7-0で負けました。 ちなみに現在白村君のお父様が監督をされている美濃加茂高校も出場していて、国立高校と初戦で対戦して勝った箕島高校に5-3で敗退したようです。 他にも熊工の伊東捕手(西武元監督)とか鳴門の秦捕手(法政-ヤクルト)・・・などなど、何かと話題の選手の多い大会だったことは言うまでもありません。

そうそう、広陵の渡辺投手の変則モーションがごまかし投法とかいって審判に厳しく注意されていました。 審判の注意は問答無用という感じだったかも。 本人は決してそんなつもりではなく自然に習得したものだったようで、試合後泣き崩れたっていう話を聞いています。 もしかしたら、去年の中井監督の審判判定に対する批判は、あの時の悔しい思いがあったからなのかなあって思ったりもしました(中井監督と渡辺投手は広陵卒業後、大阪商大に進学しています)。 批判は確かに良くないことだけど、純粋な選手を傷つけるような審判も問題なのかもしれませんね。 とにかく審判の判定は絶対だから。 後に渡辺投手が「青年の主張コンクール」(NHK)出場したのは、ごまかしではないことを訴えたかったからなのかもしれませんね。 

ということで、当時私は荒木大輔投手と小沢章一さん(二塁手 故人)の大ファンだったのと、親が大ファンだった coldsweats01 中井監督(当時は三塁手)が載っているので大切に保管していた雑誌に、何とsign03 明投手のお父様の写真も載っていました。 こんな不思議な発見ができるのも、子供の頃、広島県、甲子園の高校野球観戦にいっぱい連れて行ってくれたおじいちゃんのお蔭です coldsweats01。 明君のお父様は、下を向いている選手です。 Shinminato_2  

ちなみに明君のお父様が最終打者となった試合の勝者、沖縄興南は、準々決勝で、荒木投手の早稲田実業に3-0で完封負けです。

それにしても、自分の高校野球おたく ぶりはハンパじゃないと思うこの頃・・・

明君も早く白村君に少しでも追いつけるよう期待しています。

最後に、私個人としては、高崎商業と決勝で対戦すれば面白いかな?と思っていました。

高崎商業といえば、BOФWYの松井恒松さんなんだけど(意味不明★@%でスミマセン)、大学生の時、非常に感銘を受けたことがあり、それは、高崎商業を首席で卒業され、「福翁自伝」を高崎商業時代から愛読し、小泉信三先生や高橋誠一郎教授の授業に憧れ私の母校の理財科(現在の経済学部)に入学するも、卒業前に喀血、転地療養のために中退せざるえなかった歌人・吉野秀雄さんの歌「図書館の前に沈丁咲く頃は、恋も試験も苦しかりにき」だったのです。 

私なんか、校歌(とはいいませんが coldsweats01)の一番を何とか歌える程度のダメ卒業生なのに、入学前から一万円札の先生の著書を愛読し、感銘を受け、そこで学問を受けたいという素晴らしい志を持って入学したものの、病のために中退せざるえなかった吉野さんの大学での楽しかった日々を思わすようなこの歌を見て何度か励まされたものです。 旧図書館の近く(文学の丘)にこの歌を刻んだ歌碑が今も静かに佇んでいます。

吉野さんの再婚されたかたは、夭折の詩人・八木重吉さんの奥様だった八木とみ子さんです。 とみ子さんの著書にも何度涙したかわかりません。 そのお話もいずれ。

ということで、あの素晴らしい歌を詠まれた吉野秀雄さんが高崎商業のご出身だったというだけで、決勝での対決を密かに期待していました。

習志野に僅差で敗れた高崎商業(群馬県一位)、塾高と熱闘を繰り広げた前橋商業もセンバツに出場できるといいですね。

習志野と塾高はもう確定といっても間違いありませんね。 それなら更に上を目指して神宮大会の出場権もゲットして欲しいです。 そしたら、19日(水)の決勝戦は、絶対に休みとって午前・高校、午後・大学の試合を連チャンで観戦しますよ。

慌てて書いたので文章にお見苦しい箇所がありましたらお許しください。 後日綺麗に書き改めます(大して変化はないと思いますが (;´▽`A`` )

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