高熱隧道と映画・ドラマ「黒部の太陽」 そして「黒部ダム見学会」

ここ数日間、上記の検索で訪れるかたが非常に多いので、どうしてかな?と思っていたのですが、土日にSMAPNの香取君(下の名前知りません ゴメンナサイ)主演の「黒部の太陽」が放映されたからなのかもしれません。 というわけで、私が過去に書いた記事の中で黒部ダム関係のカテゴリー新たに追加しますので、駄文ではありますが、興味ある方は、そちらを訪問してください。

「黒部の太陽」は石原裕次郎さん主演の映画(裕次郎さん遺言でこの映画はビデオ化できないそうです。 全身全霊かけて演じたからなのかもしれません)のリメイクですが、黒部ダムを見学したいかたは、関西電力主催の「黒部ダム見学会」に参加することをオススメします。 見学会参加の抽選は、季節によってはかなりの倍率になりますが、私は運よく、長野県側・富山県側ルートどちらも一回で当選してしまい(参加者の中には、何度も応募してやっと当選したとか、キャンセル待してたら回ってきたという人がかなりいました)、2度見学しました。 観光ツアーはありませんので、今回のドラマを見て黒四ダムに興味を持ったかたは是非応募チャレンジしてみて下さい。

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さかのぼり旅日記  大観峰~黒部ダム

5月の旅日記の続きを書こうと思っていますが、その前に野球のお話もちょっとだけ・・(^_^メ)

 

去年の夏の甲子園以来、佑ちゃんのことも相変わらず応援していますが、佑ちゃんをきっかけに早稲田の野球部の選手のことも随分詳しくなり、結果、今では広島出身の松下君や上本君のファンになってしまいました。 広島出身のカンというのか?うちの親のほうが先に松下君に注目していたということもあるのですが(^_^メ)、上本君が広陵出身で松永(福山と尾道の中間くらいかな?一応福山市だけど)の出身だと教えてあげたら凄く感動したくらいです。 ・・というのも、うちの親には、在学中母校が甲子園に出場して甲子園に応援に行ったという羨ましすぎる過去があるのです。 あと、被爆者ではないけれども、校庭で、蒼穹に巨大な雲(原爆雲)が湧き上がったのを見たということが、今でも脳裏に焼きついているようです。 1982年、広島商業が甲子園で準優勝(荒木大輔君の早実に10点以上の大差で勝った池田に同じく10点以上の差をつけられて負けた記憶が・・)した時の投手で後に早稲田大学に進学した池本選手のお母様が朝日新聞に原爆の体験談?みたいなのを書いていらっしゃったような記憶があります。 池本選手は、ヤンキー系甲子園球児主流だった時代、爽やか系で好感が持てました。早稲田では殆ど活躍する機会がありませんでしたが、きっと堅実な人生を送っているような気がします。 広陵は上本君の頃も強かったけど、やはり、塩崎貴史投手(ダブルエース体制で臨んでいたので、もう一人、地味ですが小土居くんという投手がいました)の頃の印象が強いです。 塩崎君の地元の盛り上がりが凄かったからかもしれません。 塩崎君の出身中学は水泳も強くて、田口さんというオリンピックの金メダリストを輩出しています。 子供の頃、「あんなダッサい制服だったら死んじゃう!」と思っていた女子商業高校と工業高校が合併した結果、制服も凄くオシャレに大変身した高校が、今では広陵や広商と共に甲子園常連になったのも、時の流れ・・なのかもしれませんね。

 

今日、徳光さんがZARDのラストシングル(ハートに火をつけて)の歌詞を紹介していましたが、「あんなに見るのが厭だと思っていたこの故郷がこんなにも懐かしく思えるなんて(多少記憶違いで歌詞が違ってるかもしれません)」というフレーズ、私には厭な故郷というのはありませんが、神宮をきっかけに遠い広島の思い出が夢のように思い出され、本当に久々に訪れてみたいと思うようになりました。 闘病中もそのような気持ちになったりしましたが、保険外の治療を受けながら、何種類の薬を持参していた身ではそれも叶いませんでした。 今元気なうちにもう一度訪れてみたいと思うようになったのは、広島出身の監督さん(←これまでに何度も書いてますが(^_^メ))や選手の活躍に背中を押されたということもあります。

 

 

★さかのぼり旅日記   5月24日(木)  大観峰~黒部ダム

 

Kurobe4Kurobe3_2大観峰の春の風物詩として有名な「雪のトンネル」(駅→展望台)が5月下旬にも残っていました。Kurobe5

 

氷川きよし似の駅員さんがアルペンルートの写真を売っていましたが、そのルックスのおかげ?(^_^メ)写真集を買っていくおばさまがたがけっこういらっしゃいました。Kurobe2_1

 

自然が造りあげた造形美ともいえるパノラマ状に広がる景色(ロープウェイ 大観峰→黒部平)は圧巻です(湖は黒部湖、後ろ立山連峰は、向かって左から赤沢岳、スバリ岳、針ノ木岳です)Kurobe1_1

 

黒部ケーブルカー(黒部平→黒部湖)Kurobe7_1

 

Kurobe8 黒部湖の風景(遠くに見える山は赤牛岳?)Kurobe12_1

 

黒部ダム展望台から見た残雪の白馬岳Kurobe6

 

黒部ダム(放水は6月から)。 NHK「プロジェクトX」を見たなら、誰でも訪れて見たいと思うもの。厳しい自然と対峙しながらの難工事と過酷な労働は想像を絶するものですが、7年の歳月を費やした末に誕生した迫力満点の巨大ダムを目の前にすると、その完成までのドラマ(その動画を黒部ダムオフィシャルHPで見ることができます)には無条件に感動します。また近くにある殉職者の慰霊碑は、圧倒的な存在感があります(写真下)。Kurobe2_4 Kurobe9_3

 

黒部の湧水(破砕帯と呼ばれるトンネルの岩盤の中で岩が細かく割れて地下水を溜め込んだ軟弱な地層の湧水で、汗をかいた後に飲むと凄く美味しいし、この水を沸かしてコーヒーを飲んでも美味のため、必ず空ペットボトルに詰め込んで自宅に持ち帰ります)Kurobe111

 

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立山の湧水で仕込んだ地ビールも凄く美味しかった!Kurobe10

 

アルペンルート長野県側の終着点の扇沢(秋は紅葉が素晴らしいです)。

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深山幽谷の宿&旅、そして高熱隧道(その3)

これからは一般観光客が立ち入ることのできない地域へと向かいます。 富山県側、長野県側からの2コースがありますが、去年は倍率の低い長野県側、今年は倍率の高い富山県側から入るルートに奇跡的に当選してしまいました。 参加者の殆どが3度目の正直で抽選が当たったとか、キャンセル分の再抽選に当たったということですので、2度も一発で当たった私は幸運なのかもしれません。 日頃山やスキーを趣味としているので、山の神様が味方してくれたのかもしれません。感謝。

 

この企画に参加した理由は、高校時代の先輩が水平歩道を完歩した話を聞かせてくれて、美しくその反面厳しい自然と対峙できる絶好の機会を得たことを感動的に語ってくださったのですが、この水平歩道を歩くということは、今回のガイドさんもいわく「ケガはありません」ということで(^_^メ)、生きるか死ぬかのどっちかで、幅60センチの道を2日がかりでひたすら歩き続けるということはかなり厳しい行程であり、何年か前、室堂には、この水平歩道から200メートル下の谷底に転落して急流に流されたまま行方不明になって10年にもなる人たち(いずれも単独行動)の顔写真が張ってあって、恐怖を感じたものです。 ちょっとした油断(周りの美しい風景に見とれる)、濃霧、大雨などなどの不測の事態で今でも毎年2~3人は必ず転落するそうなので、私にはここを歩く佑樹(やだ~変換したら、真っ先に出ちゃったよ!(^_^メ))じゃあなく勇気のない私は、水平歩道の風景のいくつかに出会えるということと、NHKの「プロジェクトX」を見て、沢山の犠牲者と日本の叡智の結集ともいえる「黒部ダム」完成までの長い道のりを知って感動したというのと、去年鬼籍に入られた吉村昭氏「高熱隧道」の舞台(ここにも壮絶な歴史があります)に是非触れたというものでした。 いずれにしても「高熱隧道」は参加前には必読です。

 

まずは、欅平から、発電所やダムに従事する関電社員、資機材輸送専用トロッコに乗ります。 そしてエレベータで200メートル上がると、後立山連峰、白馬の山々が一望できます。Pict7637

 

Pict7640_1 雪に被われた山の奥が白馬鑓ケ岳(向かって左)、手前が天狗岳(向かって右)。一番手前の雪のない山(向かって左)が名剣岳。Pict7647

一番奥のちょっとだけ頭を覗かせている雪に被われた山が鹿島槍ケ岳、その右隣のやはり雪に被われた山が爺が岳(いずれも後立山連峰)。Pict7639_1  

バッテリートロッコ列車に乗り換えて、高熱隧道、仙人谷ダムへと向かいます。Pict7656_1

 

吉村昭氏の小説であまりに有名な「高熱隧道」 。

扉を開くと、かつてのような高温ではありませんが、かすかに硫黄臭が漂います。ガイドさんが、バスタオルを引いて横たわれば「岩盤浴」できますと冗談を言っていましたが、このトンネルが完成するまでに壮絶な歴史があったとは、小説を読まない限り気にも留めないでしょう。

 日本が軍国主義の道をなおいっそう強く歩き始めたとい時代を反映した工事でもあっただけに、小説を読めば読むほどに暗い気持ちにならざる得ません。黒部第三発電所を完成するということが、当時の日本の阪神工業地帯のために必須であり、その発電所運転に不可欠な仙人谷ダム建設に必要な資材を運ぶ列車を通す軌道の敷設が先決であり、人間が土足で踏み込んで来ることを頑なに拒んでいるような嶮岨な峡谷(訪れてみるとわかると思いますが、今もそれは変わっていません)を舞台に、まさに自然との闘いともいうべき難工事が始まったものの、隧道工事を進めていくうちに岩盤温度が最高170度近くにもなるという劣悪な条件の中、少しでも早く工事を終了させるために長時間労働を強いられ、時には火傷による火ぶくれに苦しみ、それでもまだ生きているのは運の良いほうであって、ブナの大木が宿舎を直撃して冬季で火鉢を使っていたために宿舎が火災に巻き込まれたり、雪崩やダイナマイト爆発事故で、宿舎にいた労働者が対岸まで吹っ飛ばされ遺体が谷底の激流に流されて、何十キロも先の温泉街で発見されたこともあるという、まさに生きるか死ぬか、あまり多くの犠牲者が出ために、県は工事中止命令も出したそうですが、軍部?はこれを認めず(国家総動員法が成立したのはこの頃でしたっけ?さび付いた頭では正確な時期が思いだせないよ~)、更に天皇陛下からも金一封が出たため(最終賃金は帝大卒の初任給の2倍までに膨れ上がったそうです)に、危険と隣り合わせの工事であっても応募者はあとを絶たなかった一方で、大きな事故で数多くの犠牲者が出るたびに恐れをなして逃げ出した人もまたあとを絶たなかったそうです。また、私がここを通過するのは2度目ですが、数多くの工事犠牲者(300人以上 といっても、たぶん小説には記述はないけど、実際はいたという外国人の労働者のかたを含めればもっと犠牲者は膨れ上がるのではないかと思います)の御霊が眠っていると思うと、いまだに成仏できない数多くの霊がさ迷っているような気がして、ちょっと恐ろしい気分にもなってしまいました。 前述のように、道幅が狭く200メートル真下は谷底ということもあり、いまだなお水平歩道を完歩する勇気がなくチャレンジできない私なのに、重い工事用資材を背負って渡ってるうちに足を踏み外して谷底に転落した人も数多くいたそうです。 もっと詳しく知りたい方は、私の拙い説明では何ですので、この小説をお読みになることをお勧めします。 けれども、この小説を読むたびに、そこを訪れてみたいと思う気持ちが募るのです。ちなみに数多くの犠牲者を出したこの黒三発電所(当時の日本で最大の規模)工事は、昭和15年に完成したそうです。 水平歩道を歩く勇気のあるかたは、雪崩で吹き飛ばされた宿舎の一部がいまだなお残っているそうなので、是非ご覧になってきてください。Pict7658_1  

前述の通り、想像を絶する過酷な労働、事故による数多くの犠牲者の力によって完成した仙人谷ダム。Pict7657_1  

バッテリートロッコの軌道を挟んで仙人谷ダムの対岸はこんな感じ。Pict7692_4  

関電トロリーバスを途中下車して見た残雪の裏剣に感動しました(十字峡近辺)。 

見学メインの黒四発電所とその近くで紅白で熱唱した中島みゆきさんの件は、また後日改めて書きます。見学の途中、ケーブルカーに似た乗り物(インクライン)に乗っている間に、紅白での中島みゆきさんの「地上の星」(NHK 「プロジェクトX」主題歌)熱唱DVDを見せてくれます(ちなみに、私はこの歌はカラオケで歌いこなせません。 工藤静香も歌った「慟哭」はけっこう得意です(^_^メ))。 

来週はいよいよ早慶戦、土曜日のチケットは何とか確保してるので、佑ちゃんが投げると嬉しいかも?!!って(今度はちょっと今までの試合と違って事情が事情だけに、心の中でひっそりと応援します)

 

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深山幽谷の宿&旅、そして高熱隧道(その2)

Anionsen_ax 貸切露天風呂、露天風呂をまったりと堪能したあとは、楽しみにしていた夕食です。 老舗旅館のような豪華さはないけれども、地元で取れた食材をフルに使ったお食事はどれもこれもおいしくて、結局全部残さず食べてしまいました。 オススメの地酒(冷酒)もお食事に見事にマッチしていました。

 

Pict7587_2 旅館のスタッフの方々が祖母谷温泉近くの山に入って採集してきたという山うどを使ったおひたしや酢の物です。毎日山に入って汗水流して採ってこられたものだけに、感謝しながらいただきました。

 

 

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深山幽谷の秘湯には欠かせない岩魚の塩焼き(そういえば、佑ちゃんも釣りが趣味らしいけど、私も以前渓流釣りをしたところ、放流していたらしく、恐ろしく連れまくってしまい、旅館で焼いてもらったあと、一人5匹くらいのノルマで食べざるえなくなって、うんざりしたこともありましたが、今日は一匹だけなので、とても美味しくいただくことができました)。 右下のくるみ(滋養があり不老長寿の食べ物としても有名です)と小魚(魚の種類は不明)の佃煮も美味。Pict7592_1

 

山すぐりの食前酒(自家製)と海の幸 Pict7594_4

 

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次々と登場するお食事に驚きながらも、何故か全て食べてしまう大食漢(^_^メ)(痩せの大食いと言われています)Pict7595

 

どれもこれも心のこもった美味しいお食事でしたが、中でも一番美味しかったのは、「山菜のてんぷら」。前述したように、毎日スタッフの方々が汗水流して山で採って来たものだけに、残しては勿体無いし、実際とても美味しかったので全部いただきました。 どれがどれか何度も説明を聞いたのに忘れてしまいましたが、山うどヨシナイタドリニワトココゴミという山菜だそうです。Pict7600_2

 

最後のデザートは地元(新川牧場)のアイスクリーム。

 

本当にお腹いっぱいになってしまいました。

 

食後十分休憩したあと、再び露天風呂へ。昼間とまた異なる風情を楽しむことが出来ました。 旅館は自家発電なので、露天のランプの光がとても幻想的です。夜の緞帳にすっぽり覆われた山々の木霊が漂っていそうな露天風呂で、ただ一人、満点の星空を見上げながらくつろげるのは、まさに命の洗濯ですね。自然のBGM渓流の音(せせらぎというには激しすぎる音です)を聞きながら何時間でもつかっていられそうな気がしました。 テレビも何もないので、温泉に入浴したあとは熟睡です。Pict7617_4

 

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流れる音しか聞こえなかった渓流。 まるでソーダー水のような水の色です。Pict7622

 

朝食も超豪華。 朝はしっかり食べないと活力がわきません(しっかり食べなきゃ恋はできない!♪ by レベッカ 「HOT SPICE」)。 そしていざ出陣!

 

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深山幽谷の宿&旅、そして高熱隧道(その1)

3月、4月から5月中旬まで怒涛のような忙しさに加え、週末は殆ど神宮球場通いに明け暮れていたため、それ以外のことが殆どできない状態でしたが、多少時間の余裕が出来たので、長期休暇をとって旅に出ていました。 といっても、かつては色白で有名だったのが、最近は夏は山、冬はスキー三昧で年中真っ黒なので、色白だった時代はだんだん遠ざかりつつあります。 ということで、後半は高原のリゾートホテルでまったりしていましたが、前半は「社会学習」も兼ねた行程となりました。 ヘルメット着用の探検隊なんだけど、その間もずっと新緑のシャワーを浴びまくって、持病の気管支疾患も嘘のように出ませんでした。

 

時間がないので、詳しいお話は別の機会にしますが、取り急ぎ、印象に残ったことを優先して記しておきます。

 

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Pict7526_2 まずはトロッコ列車に揺られながら欅平を目指します。Pict7625_1

 

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Pict7563 黒部峡谷鉄道(トロッコ列車)の終点「欅平駅」に到着。奥鐘橋を渡り、「人食岩(歩道を作るために岸壁をえぐりとった部分が人を飲み込むように見えるため)」を通過すると、デンパが届かないため、テレビのない深山幽谷、渓流ぞいにひっそりと佇む「秘湯の宿」に到着です。Pict7577

 

 

Pict7623_3 宿に到着すると、ほのかに硫黄臭のする温泉水(祖母谷温泉からの引湯)で入れたコーヒー(とっても美味!)で歓迎してくださいます。  そのあとお部屋に案内され、ひといきついたあと、温泉に入ります。Pict7575  

まばゆいばかりの新緑のシャワーを浴びながら、宿から少し離れた露天風呂(手前の貸切露天風呂も普段は分刻みの予約だそうですが、平日のシーズンオフということもあり、ゆっくりとつかることができました)へ(BGM:田原俊彦 シャワーな気分♪ ウソウソ (^_^メ))Pict7566_1

 

Pict7569 露天も貸切状態でした。極楽極楽。

 

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