これからは一般観光客が立ち入ることのできない地域へと向かいます。 富山県側、長野県側からの2コースがありますが、去年は倍率の低い長野県側、今年は倍率の高い富山県側から入るルートに奇跡的に当選してしまいました。 参加者の殆どが3度目の正直で抽選が当たったとか、キャンセル分の再抽選に当たったということですので、2度も一発で当たった私は幸運なのかもしれません。 日頃山やスキーを趣味としているので、山の神様が味方してくれたのかもしれません。感謝。
この企画に参加した理由は、高校時代の先輩が水平歩道を完歩した話を聞かせてくれて、美しくその反面厳しい自然と対峙できる絶好の機会を得たことを感動的に語ってくださったのですが、この水平歩道を歩くということは、今回のガイドさんもいわく「ケガはありません」ということで(^_^メ)、生きるか死ぬかのどっちかで、幅60センチの道を2日がかりでひたすら歩き続けるということはかなり厳しい行程であり、何年か前、室堂には、この水平歩道から200メートル下の谷底に転落して急流に流されたまま行方不明になって10年にもなる人たち(いずれも単独行動)の顔写真が張ってあって、恐怖を感じたものです。 ちょっとした油断(周りの美しい風景に見とれる)、濃霧、大雨などなどの不測の事態で今でも毎年2~3人は必ず転落するそうなので、私にはここを歩く佑樹(やだ~変換したら、真っ先に出ちゃったよ!(^_^メ))じゃあなく勇気のない私は、水平歩道の風景のいくつかに出会えるということと、NHKの「プロジェクトX」を見て、沢山の犠牲者と日本の叡智の結集ともいえる「黒部ダム」完成までの長い道のりを知って感動したというのと、去年鬼籍に入られた吉村昭氏「高熱隧道」の舞台(ここにも壮絶な歴史があります)に是非触れたというものでした。 いずれにしても「高熱隧道」は参加前には必読です。
まずは、欅平から、発電所やダムに従事する関電社員、資機材輸送専用トロッコに乗ります。 そしてエレベータで200メートル上がると、後立山連峰、白馬の山々が一望できます。
雪に被われた山の奥が白馬鑓ケ岳(向かって左)、手前が天狗岳(向かって右)。一番手前の雪のない山(向かって左)が名剣岳。
一番奥のちょっとだけ頭を覗かせている雪に被われた山が鹿島槍ケ岳、その右隣のやはり雪に被われた山が爺が岳(いずれも後立山連峰)。
バッテリートロッコ列車に乗り換えて、高熱隧道、仙人谷ダムへと向かいます。
吉村昭氏の小説であまりに有名な「高熱隧道」 。
扉を開くと、かつてのような高温ではありませんが、かすかに硫黄臭が漂います。ガイドさんが、バスタオルを引いて横たわれば「岩盤浴」できますと冗談を言っていましたが、このトンネルが完成するまでに壮絶な歴史があったとは、小説を読まない限り気にも留めないでしょう。
日本が軍国主義の道をなおいっそう強く歩き始めたとい時代を反映した工事でもあっただけに、小説を読めば読むほどに暗い気持ちにならざる得ません。黒部第三発電所を完成するということが、当時の日本の阪神工業地帯のために必須であり、その発電所運転に不可欠な仙人谷ダム建設に必要な資材を運ぶ列車を通す軌道の敷設が先決であり、人間が土足で踏み込んで来ることを頑なに拒んでいるような嶮岨な峡谷(訪れてみるとわかると思いますが、今もそれは変わっていません)を舞台に、まさに自然との闘いともいうべき難工事が始まったものの、隧道工事を進めていくうちに岩盤温度が最高170度近くにもなるという劣悪な条件の中、少しでも早く工事を終了させるために長時間労働を強いられ、時には火傷による火ぶくれに苦しみ、それでもまだ生きているのは運の良いほうであって、ブナの大木が宿舎を直撃して冬季で火鉢を使っていたために宿舎が火災に巻き込まれたり、雪崩やダイナマイト爆発事故で、宿舎にいた労働者が対岸まで吹っ飛ばされ遺体が谷底の激流に流されて、何十キロも先の温泉街で発見されたこともあるという、まさに生きるか死ぬか、あまり多くの犠牲者が出ために、県は工事中止命令も出したそうですが、軍部?はこれを認めず(国家総動員法が成立したのはこの頃でしたっけ?さび付いた頭では正確な時期が思いだせないよ~)、更に天皇陛下からも金一封が出たため(最終賃金は帝大卒の初任給の2倍までに膨れ上がったそうです)に、危険と隣り合わせの工事であっても応募者はあとを絶たなかった一方で、大きな事故で数多くの犠牲者が出るたびに恐れをなして逃げ出した人もまたあとを絶たなかったそうです。また、私がここを通過するのは2度目ですが、数多くの工事犠牲者(300人以上 といっても、たぶん小説には記述はないけど、実際はいたという外国人の労働者のかたを含めればもっと犠牲者は膨れ上がるのではないかと思います)の御霊が眠っていると思うと、いまだに成仏できない数多くの霊がさ迷っているような気がして、ちょっと恐ろしい気分にもなってしまいました。 前述のように、道幅が狭く200メートル真下は谷底ということもあり、いまだなお水平歩道を完歩する勇気がなくチャレンジできない私なのに、重い工事用資材を背負って渡ってるうちに足を踏み外して谷底に転落した人も数多くいたそうです。 もっと詳しく知りたい方は、私の拙い説明では何ですので、この小説をお読みになることをお勧めします。 けれども、この小説を読むたびに、そこを訪れてみたいと思う気持ちが募るのです。ちなみに数多くの犠牲者を出したこの黒三発電所(当時の日本で最大の規模)工事は、昭和15年に完成したそうです。 水平歩道を歩く勇気のあるかたは、雪崩で吹き飛ばされた宿舎の一部がいまだなお残っているそうなので、是非ご覧になってきてください。
前述の通り、想像を絶する過酷な労働、事故による数多くの犠牲者の力によって完成した仙人谷ダム。
バッテリートロッコの軌道を挟んで仙人谷ダムの対岸はこんな感じ。
関電トロリーバスを途中下車して見た残雪の裏剣に感動しました(十字峡近辺)。
見学メインの黒四発電所とその近くで紅白で熱唱した中島みゆきさんの件は、また後日改めて書きます。見学の途中、ケーブルカーに似た乗り物(インクライン)に乗っている間に、紅白での中島みゆきさんの「地上の星」(NHK 「プロジェクトX」主題歌)熱唱DVDを見せてくれます(ちなみに、私はこの歌はカラオケで歌いこなせません。 工藤静香も歌った「慟哭」はけっこう得意です(^_^メ))。
来週はいよいよ早慶戦、土曜日のチケットは何とか確保してるので、佑ちゃんが投げると嬉しいかも?!!って(今度はちょっと今までの試合と違って事情が事情だけに、心の中でひっそりと応援します)