第12回都道府県駅伝(ひろしま駅伝) 新潟大健闘!

1月といえば、男子駅伝シーズンです。元旦の「ニューイヤー駅伝」(5区佐藤敦之選手ぶっちぎりの快走で中国電力が優勝)、2、3日の「箱根駅伝」(山の神今井選手の大健闘で順大総合優勝)、そして、最後のお楽しみが、本日広島で行われた「第12回 ひろしま駅伝」です。 これは男子の都道府県対抗駅伝で、先週京都で行われた女子駅伝に比べると、まだ歴史は浅いです。第一回の優勝は、開催地広島県(確か、アテネオリンピックマラソン代表の国近さんが優勝テープを切った記憶が)で、ここ3年間は、中学生の頃から連続出場、そして、箱根駅伝では渡辺早稲田大学駅伝監督がずっと保持していた1区の記録を塗り替えた佐藤悠基選手と、中大の上野選手という両スーパーエースを有する長野県が3連覇していましたが、4連覇を阻んだのが、やはり箱根駅伝のダブルエースを有する兵庫県でした。 最初の区間では出遅れたものの、3区でトップにたったのは、箱根2区で区間賞の早稲田大学竹澤健介選手、そして最終ランナーはおととし(第10回大会)の最終区間のゴール数百メートル前で中大の上野選手に抜かれて涙を呑んだ、「山の神」今井選手と並ぶ箱根5区山登りのスペシャリスト(去年の今井選手とのデットヒートが記憶に新しい)日体大北村聡選手の快走で、去年まで3年連続2位の兵庫県が久々に優勝して雪辱を果たしました。 箱根ではライバル同士の竹澤選手と日体大の北村選手が笑みを満面に浮かべて優勝を喜びあっているシーンにはほのぼのとするものを感じました。 福島県代表として出場した今井選手は37位でタスキを受け取ったので、入賞とはなりませんでしたが、まだ箱根を走ってから一ヶ月もたたないのに、17人ゴボウ抜きという神らしい(^_^メ)実力を見せてくれました。 今井選手もゴール後は笑みがこぼれていたので、自分の走りにはとても満足していたのだと思います。 ちなみに7区の区間賞は「一度みたら絶対に忘れない風貌、独特の走法」で箱根を沸かせた帝京大の飛松選手でした(現在は安川電機所属です)。 斎藤君の六大学野球デビューも楽しみですが、冬場は駅伝とスキー競技から目が離せません。 今年2区でナマ竹澤君の激走を沿道で見ましたが、凄く速い!早稲田に久々に登場したスーパーエース(しかも礼儀正しい好青年)なので、今後も故障なく箱根で頑張って欲しいと思いました。今井選手も凄く明るい好青年なので好感持てます。さすがに箱根まで応援に行ったことはないので、今井選手と北村選手のデットヒートは見れなかったけど、北村選手はあと一年箱根を走るチャンスがあるので、水頭症という難病と戦いながら走っている山下りの石谷選手と共に優勝目指して頑張って欲しいと思います。

 

今日は調子が良くなかったのか、試合後に東海大の若きスーパーエースの佐藤選手は涙を見せていたそうですが、7連続出場の佐藤選手にとっては、毎回が「真剣勝負」なのかもしれません。 でも箱根駅伝であんなに凄い記録を作ったのですから、あせらずまた箱根駅伝で新たな記録を目指して頑張って欲しいと思います。

 

そして、最後に印象に残ったのはこれまでの最高が20位だったのに11位と大健闘の新潟県チームです。 そして特筆すべきことといえば、箱根予選会でギリギリ予選会通過(一位通過は早稲田大学)の国士舘大学、一秒差で涙を呑んだ拓殖大学、その両エースの活躍です。国士舘大学竹田選手は箱根の1区で区間最下位、区間新の佐藤選手には5分以上の差をつけられました。そして関東学連選抜代表として5区山登り区間を走った拓殖大学の涌井選手も区間最下位。予選会の模様をテレビで放送していた時、大粒の涙を流していた涌井君のことが忘れられません。1秒差、予選10人で割って一人あたり、あと0.1秒速く走っていたら箱根を走れたのです。それでも箱根を学連選抜で走れたのは幸運なのかもしれませんが、母校のタスキで走りたい思いでいっぱいだったでしょう。箱根では惨敗だった竹田選手と涌井選手の大健闘でこれまでの最高位11位でゴールした涌井選手にしてみたら、学生生活を有終の美で飾れたのではないかと思います。しかも箱根区間新の佐藤選手(不調ではあったみたいですが)とはタイム的にも大差はありませんでした。

 

たった3時間で終わってしまう駅伝ですが、中・高選手で後に大エースとなったり(佐久長聖の佐藤&上野選手がいい例ですね)、箱根を走った選手や社会人となった箱根駅伝OBが登場したり(帝京大の飛松選手など)、いろんな選手を一挙に見れるのが楽しみです。 

 

追記: 駅伝終了後の興奮醒めやらぬままの状態で書いたので、その時書き忘れたことを追加しますと、「箱根駅伝区間賞組」の竹澤健介選手(早稲田大)と上野裕一郎選手(中大 解説の宗さんが心配したのは、走りながら周りをきょろきょろしてちょっと落ち着きなかったところかな?(^_^メ))ばかり注目していましたが、この3区で区間賞をとったのは、元旦の「ニューイヤー駅伝」で外国人の助っ人ランナーがひしめく3区で、上位10位の中に入った日本人選手二人のうちの一人だった四国電力の大森選手、そして、トップの竹澤君に比べると地味ながらも、2位でタスキを繋いだ大分県の佐藤智之選手(旭化成)ではないでしょうか?佐藤選手は「ニューイヤー」の2区でアテネオリンピック5位入賞油谷選手の上をゆく区間2位でした。 地味だけど、いぶし銀のような実力派ランナーだと思いました。

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決して他人事ではなかったスキー場での遭難

今年になって相次いでスキーヤーの遭難事故 がありましたが、私が毎年通ってるヤケビHAKUBA47だった(HAKUBA47の遭難事故はこちら)のでビックリしました。そして、去年の春、私は今回の遭難と似たような経験をした(その時は登山者にも遭難者が出ました)ので、別のサイトに書いたその時の模様をここに書くことにしました(以下の記述)。Pict4053_1

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今シーズンの滑り納めに白馬五竜に行ってきました。  去年は雨にたたられ、びしょびしょになりながら滑ったのと、ゲレンデコンディション不良のため、楽しみにしていた五竜(アルプス平)~HAKUBA47ツアーを今度こそは実現したいと思い、去年より一週間早くスキー場を訪れたら、何と4月中旬だというのに大雪です! 去年、麓には雪がなく、カタクリ祭りが行われていたのとコブシが満開だったので、トレッキングメインだったのですが、今年は一日で1メートル以上は積もっていて、既に終了していたとおみゲレンデでも十分滑走可能な積雪でした。 アルプス平は視界不良、しかも新雪が降り積もり、非圧雪状態だったので、HAKUBA47への正規の連絡コースを滑っていたにもかかわらず、新雪に突っ込んで、腰まで埋もれてしまいました(_;)さながら山スキー状態(^_^メ)。快晴の時には五竜岳が見渡せ、パウダースノーでゲレンデ状態は最高なのですが、今回は吹雪で睫毛や髪の毛まで凍ってしまったのでビックリ!!! 白馬方面のゲレンデは、晴れてるときには北アルプス連峰の眺望も素晴らしい(夏は北アの山々の尾根歩きするのが趣味でもあるので)のですが、スキーで訪問すると何故か吹雪いていることが多く、私には相性の良くないゲレンデのようです(^_^メ)。Pict4057

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テレキャビン(ゴンドラ)で頂上のアルプス平ゲレンデに到着すると、まさにそこは「ホワイトアウト」(吹雪や霧のために何も見えない真っ白な状態)、方向を見失って、あわや上級コースに滑り込んでしまいそうになりました。こんな吹雪の中で滑るのはまさに初体験。吹雪だったにもかかわらず、去年閉鎖されていたHAKUBA47スキー場でへの連絡コースが滑走可能だったのでツアーを試みましたが、新雪に突っ込んで腰まで埋もれてしまいました。それは私だけではなく、スノーボーダーの若者たちも同じ状態で、彼らは途中で滑走をあきらめ、板をかついでコースの下部まで歩き出しました。(以上別サイトで書いたもの)Pict4064

Pict4059とまあ、こんな状況でした。というわけで、今回のHAKUBA47での遭難は他人事ではないと痛感しました。2度も天候不順で満足な滑りができなかったので、今年は白馬方面への春スキーは中止するつもりです。

 

で、最近お気に入りのスキー場でここ数年頻繁に通っているのは、奥志賀の「ヤケビ」こと焼額山スキー場です。実はスキーを再開する前には志賀高原でスキーをしたことはなく、殆ど白馬方面もしくは上越(越後湯沢周辺)Watasuki で滑っていたのですが、つい最近(数年前)、20年近く前の映画「私をスキーに連れてって」 (個人のHPではこれが面白いです!)を見て以来、すっかり志賀高原の虜になり、このあたりで滑っています。まあ、早い話、私はミーハースキーヤーで、この映画はリアルタイムで見たことがなく、こんなに楽しいアフタースキーのあることを知らなかった私。でも、当時、自分も週末は夜行バスや電車で頻繁にスキー場通いをしていたので、この映画を見て当時のことを思い出して、スキーシーズンになると何度も何度もこの映画をDVDで繰り返し見続けています。 ユーミンの曲がこれほどまでにピッタリとはまる映画も見たことがありません。原田知世ちゃんも天使のように可愛らしい!今の若者にはスキーウェア、髪型、グッズ(ケータイじゃなくトランシーバーが連絡手段)がとってもダサく思えるかもしれませんが、当時は流行の最先端だったものばかりだったWs3 んですよね。この映画の頃の私は、下手なくせにウェアだけは凝っていて、青山の「スキーショップジロー」とかでファッション性の高いお洒落なウェアを購入していたのだけど、毎週末滑っていたので、友人が安宿を探してきて(^_^メ)、お手洗いが男女一緒の汲み取り式だったりして、悲惨な思いをしたのですが、長いブランクの後スキーを再開して通うようになった奥志賀には、リーズナブルなペンションやホテルもあり、ちょっぴしリッチな気分になれます。近くの超高級ホテルWs5 のティールームでお茶することが唯一の贅沢(そこで、自分の目の前を皇太子妃の雅子さまが通り過ぎていかれたりしてドキドキ)ではあるものの、男女共用汲み取り式だけじゃない分ストレスもたまらないので、ここ数年はずっと奥志賀に通いつめています。映画のロケ地では志賀高原エリアではヤケビや一の瀬以外に「横手山スキー場」がありますが、身の程知らずというか(^_^メ)、頂上から麓まで途中転げまくりながら麓までダウンヒルしました。 大病にかかって愛用のギターもスキーもテニスラケットも全部処分してしまったのですが、長野オリンピックの上村愛子ちゃんや里谷多英ちゃんの活躍に触発され、もし病気を克服したらまたスキーを再開しようと心に近い(^_^メ)、それが実現したのですが、凄いブランクがあるということもあり、今や中級コースで雪山や雪景色を楽しみながらのんびり滑り、アフタースキーは美味しいお食事とお酒・・になりました。(下の写真は横手山頂上からの眺望)Yoko22_1

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先日の焼額山でスノーボーダーが遭難したのは、パノラマアウトかパノラマインを滑るつもりが、視界不良でコースが見えなくなって、パノラマアウトコースの外に滑り込んでしまったようですね。実は私のレベルで楽しく滑れるコースが初級のパノラマインと中級のパノラマアウトコース(途中一箇所急斜面あり)なので(ヘルマンマイヤーが金メダルを獲得した大回転の会場だったオリンピックコースなんか、上から見ると「絶壁」状態なのでチャレンジしたこともありません(^_^メ))、遭難事故は他人事ではないと思いました。が、隣の皇室ご用達でスキーヤーオンリーの奥志賀ではちょっとの強風や吹雪でも滑走を中止するので、前回はシャトルバスで一の瀬まで遠征しました(下の写真は焼額山スキー場のパノラマアウトコース)。Pict3654a

Pict3635a_2   というわけで、去年のようなピーカン状態で思いっきりスキーができることを今から心待ちにしています。

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写真はヒロコ(高橋ひとみ)と真理子(原田貴和子)が車を走らせた一の瀬スキー場(写真左は映画、上は実際のスキー場)

Pict3630a_1 Pict3626a奥志賀高原スキー場第三ゲレンデから妙高方面の山々を見渡した風景Pict3601a

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皇室ご用達のホテルでティータイム

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早実和泉監督から佑ちゃんをバトンタッチ、早稲田大学の応武監督

Saito_2  国体では準決勝(対・静岡商業 ここにも小柄なアイドル系の大野君という投手がいるようですね)でハンカチパフォーマンスをやってのける余裕を見せながらも、決勝戦で再び甲子園の決勝と同じ相手の駒沢大学苫小牧高校と対戦、自らのヒットで貴重な一点を得点し、完封勝利を飾った斎藤君。そして今回のハンカチは「のじぎく国体」の売店で購入した「はばたんタオル」だったそうですね。私も欲しいよ~と思ったら、売店も通販もブルーは売り切れのようですね、残念。


国体終了後に早実の斎藤君が「早稲田大学進学希望」を明言したそうなので、来年は神宮で斎藤君の姿を見れるのが楽しみですね。まあ、どんなに甲子園を沸かせた選手でも、一年生で登板っていうのはあんまり見たことないので、斎藤君もいきなり春のリーグ戦デビューっていうのは微妙なところだけど、周りが黙っていないかな?(^_^メ)  というわけで、東大戦あたりでワインポイント登板の可能性はあるかも(東大の選手のみなさん、ゴメンナサイね)?


早実の時は、他の投手がいまひとつだったので、殆ど斎藤くんが投げ抜いてしまいましたが、大学のリーグ戦となると、他にも実力派のピッチャーが沢山いるので、全ての試合を斎藤くんが投げるわけにはいかないということを、斎藤君のファンの方々は知っておいたほうが良いかもしれません。特に早稲田は、去年の春の選抜優勝投手の福井君も入学が決まっているし、在校生にも甲子園を沸かせた優れたピッチャーがいるそうなので毎回完投というのは100%不可能ですよね。和泉監督からバトンタッチされた応武監督(監督交替がなければね)も、ファンのことを考えると投手起用に頭を痛めそうですね。


Otake その応武監督といえば、かつては甲子園を沸かせた名捕手。強肩で的確な好リードで投手をフォローできるクレバーさも持ち合わせているということで、春の選抜で優勝した時には「大会屈指の大型捕手」とまで謳われいたにもかかわらず、近鉄の指名を蹴って早稲田大学に進学し、その後は社会人野球で活躍されたそうですが(ソウルオリンピックには現在ヤクルト監督の古田選手とともに出場しました)、私の応武監督の思い出といえば、やはり甲子園で活躍した頃かな? 実は、応武監督の早稲田・社会人時代の活躍を殆ど知らないのです。 ですので、その時代をすっ飛ばして、高校時代のイメージのままだったので、早稲田の監督として再び目の前に現れた応武監督がおじさまだったのでビックリしました。 でも熱血漢でナルシストなところは昔から変わっていませんね(^_^メ)。 サングラス愛用してるのも何となくわかるわ~。サングラス王様とハンカチ王子か・・サブいギャグですみません。


Kanemitsu1 応武監督の母校崇徳高校には黒田真二投手、山崎隆造(その後広島カープに入団)さん、小川何とかさん・・と名だたる名選手が目白押しでした。原巨人監督のいる頃の全盛期の東海大相模メンバーにもひけをとらない厚い選手層。応武選手もそのうちの一人でした。その好リードぶりは高校生離れした素晴らしいもので、当時、黒田投手が病気か何かになって(記憶が薄れていてアバウトなのですが)、代わりに内野手の兼光さんというイケメン投手(睫が長かったのが今でも印象に残ってます)が急遽登板したのですが、急造投手ということで、対戦相手の東海大四高(ジャンプの原田さんやモーグルの里谷多英さんの母校として有名)に乱打されてヘロヘロになっていましたが、他に代わる投手がいなく て薄氷を踏むような展開だったのですが、結局応武捕手の好リードで辛勝したのです。 それも本当にガンガン打たKanemitsu2 れるわ、兼光さんの甘いルックスのせいで、打たれるたびに泣き出しそうで、本当に倒れちゃうんじゃないかって、ハラハラドキドキ・・もう後半は見ていられませんでした。 特に最後は二死満塁の大ピンチだったのに、それを切り抜けたのは、やはり応武監督の好リードのおかげとしかいいようがありません。当時の私は軟式野球やソフトボールをやっていたので、女子供の自分が試合の状況を読めたことが、その後の野球好きに繋がっていったようです(ちなみに私はラクビーとかアメフトは全くチンプンカンで興味もないので、たまたまプラチナチケットが手に入った時は、友達に譲っているほどです)。 そのように子供の頃から知っている応武さん が、何十年の(はちょっとオーバー?)歳月を経て、早稲田大学の Tokai_1 監督として目の前に現れた時には本当に懐かしい思いでいっぱいになりました。 応武さん・・というと、崇徳高校時代の活躍ぶりや、何故か広島の軍国キャバレー(応武さんの地元にあった有名なお店)や夜の広島の街中に出没する「わらびもち」売りを思い出してしまいます。「ふるさとは愛すべき広島~♪そこには恋人もいたっけ?(by 吉田拓郎)」かどうか知りませんが、応武監督は子供の頃の高校野球の思い出の選手の中の一人です。


私の記憶も凄くいい加減なところがあるので当時の記事の切抜きを載せておきます。そして気づいたのですが、斎藤君は小柄小柄って言われてるけど、応武監督と同じ身長なんですよね。斎藤君には会ったことないけど(^_^メ)、高校時代の応武監督は小柄なイメージではなかったです。私から見れば長身の部類でした。今の子たちが高すぎるから(特に田中君が高すぎるから、斎藤くんが一緒に並ぶと小さく見えるのでは?)、当時は高い部類だった175センチ代でも小柄になってしまうのかもしれません。応武監督と斎藤君が並べば同じくらいってことになるのでしょうね。



Sotoku_2   


Sotoku3_1Sotoku4早稲田大学も甲子園春の選抜優勝投手(2004年 報徳学園)の大谷君の奮闘で勝ち点3を獲得し、法政大学と並びましたね。 その法政大学と来週(10月14日・15日)直接対決です。 駅伝では明るいオレンジ集団の法政をいつも応援している私ですが、野球となると、木暮選手入学以来、早稲田びいきかな? 斎藤君入学前に、お兄さんたち(早稲田の野球部員)もこんなに頑張ってるよってことで、是非優勝を決めて欲しいものです。 もちろん熱血応武監督にとっても大切なカードですね。 「サングラスの王様」頑張ってください!

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33年前の宇高君のお父様の記事(改訂版)←修復しました!

ブログ統合の際に、フリーココログの写真を全て誤消去してしまったため、時間を見計らって、手元に残っている切抜き・写真のみ少しずつ修復していくつもりでしたが、今年の夏の甲子園で活躍した宇高君で訪問される方が相変わらず沢山いらっしゃるので大変心苦しくなり、とりあえず手元に記事も残っているので、最初に修復させていただきました。また修復を機会に当時のエース矢野投手の切り抜きもありましたので、一緒に更新します。


切り抜きはあるものの、当時まだ子供だったので、矢野さんと宇高君のお父様のことは全く記憶にありません。こんな切抜きが残っていたのも奇跡としかいいようがありません。宇高君は斎藤君と同じ大学に進学するという噂ですが、これを機会に、神宮球場でも応援しようと思っています。また元気なお姿を拝見できることを楽しみにしていますヨ!


以下9月16日(土)の記事です


一週間ぶりの更新です。


王子様大学進学宣言の日も書きたかったのですが、平日は仕事が多忙の為、なかなか文章を書いて更新する時間がありません。 出勤のために家を出る時間が早いため、日曜日は早く寝るようにしていますので(お子ちゃまみたいですが(^_^メ))、日曜日の遅い時間に放送される「スポーツうるぐす」(日テレ)で、宇高君が「同じ大学に進みます」と、王子様の進学宣言記者会見以前に進学をほのめかした爆弾発言?(笑)も見ることができませんでしたが、今は「you tube」という便利なものがあるので(^_^メ)、検索してみたところ、米国遠征中、マスコミの宇高君に対する質問の中での自然な成り行きの一言のように見えました。宇高君も明るくて素直な青年という感じで好感度大です。「同じ大学」の意味が一瞬のことなので良く理解できませんが、素直に受け止めれば「王子様と同じ大学に進学」ってことかな?そうしたら、「あの大学」(←王子様は明言してませんので)なんですね。


私は王子様ブーム以前から大学野球のメッカ神宮球場にちょこちょこ通っていて、季刊誌「大学野球」(ベースボールマガジン社)も3年前までは春秋のシーズンごとに買い求め、各校の選手をきちんと把握してから神宮で観戦しています。今、「大学野球」は手元には数冊ほどしか残っていませんが、大学野球観戦のたのしみも少しずつここで語れたらなあ・・って思っております。


そして、「宇高君」でここを訪問される方も多いようなので、先週の劣化した記事の切抜きをもう少し綺麗な形で再度アップします。 宇高君のお父様の記事だけでなく、写真もあれば良かったのですが、私がリアルに今治西の試合を覚えているのは、三谷選手からですので、この切抜きは、親戚の人から譲り受けた中の一枚なのかもしれません。


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33年前の国体の王子様と今日の斎藤君

<早実1-0福知山成美>◇兵庫国体・硬式野球の部◇1日◇準々決勝◇高砂市野球場


佑ちゃんが、完封発進で準決勝にコマを進めた。今夏の甲子園で初優勝した早実は、エース斎藤佑樹が先発。持ち前の伸びのある直球と低めに制球されたフォークボールを駆使し、7安打されながらも要所を抑え、2回に敵失で挙げた1点を守りきった。奪三振は8。3安打に抑えた福知山成美・駒谷との投手戦を制した。(日刊スポーツより)


とのことですね。途中膝に打球が当たるアクシデントがあったそうですが、何とか無事完投したようですね。兵庫県のみなさまのうちラッキーな人は、甲子園だけでなく高砂で国体も見れたのですね。ここ数年は夏休みをはずして神戸に行っているため、甲子園で高校野球を見る機会が減ってしまいました。子供の頃のように阪神百貨店で「びっくりいなり」を買って、カチワリ片手に炎天下の中、試合を観戦したいな~


来年はいよいよ斎藤君が神宮デビューするかもしれないので、本当に楽しみ。今月の早慶戦も観戦しようかなあと思っています。結局大学には進学しなかったものの、あの荒木大輔君も秋の早慶戦を観戦していたとかっていう噂がありました。もしかしたら、斎藤君もひょっこり観戦に現れるかもしれないし・・(^_^メ)。 まあ、私は早稲田側の学生席で観戦することはできないので、行くとしたらバックネット裏の席(特別指定内野席)で応援します。でもちゃっかし、早稲田と慶應スポーツ両方をもらって両校の戦力とかトッピックスをチェックしています。来年の春の早稲田スポーツは斎藤君特集でもやるのかな?と今から心待ちにしています。本当は学生席が一番なんですよね。投球前に投手がウォーミングアップの投球練習する時なんか間近で見れますから。7回のエール交換は早慶戦だけでなくほかの大学と試合する時も必須です。日テレのインターネット放送でも六大学野球を放送するので(さっそく視聴できるように登録しました)、遠方で神宮で応援できない斎藤君ファンはこのインターネット放送を利用すると良いでしょう。これは登録無料です。


それが終わると次の楽しみは箱根駅伝。これは最近では駒沢大学がぶっちぎりに強いのだけど、大学で燃え尽きちゃうのか、練習のし過ぎで故障してしまうのか、社会人になってあまり活躍していない選手が多いのが気になります。


最後に33年前の国体の王子様、佃選手(広島商業)の切抜きがありましたのでハンカチ王子こと斎藤君と比べてみてください。子供の頃、サインボールもあったのですが、これも引越しの時、紛失してしまったようです 。゚(゚*ω⊂ グスン   広商は早実と同じ白のユニフォームなので雰囲気がなんとなく似ていました。ただ、佃選手は斎藤君よりもっと甘いルックスでしたね。もうずっと昔の子供の頃のことなので、はっきりと顔も思いだせないけど、パレードの人だかりが凄かったことを覚えています。


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ピンボケで申し訳ありませんが、前列右端の選手が佃さんです。その左隣が現在広商の監督?さんで、去年くらいまで甲子園で解説していた川本さん。後列の選手は現在法政大学監督の金光さんです。Tsukudasan2


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最近はガードが固いようですが、この頃はファンのサインに応じられるほどのんびりした時代のようですね。あの怪物と言われた江川さんですら気さくにサインに応じているのですからビックリです。佃さんは斎藤君なみの人気でした。今は普通のサラリーマンをしておられるようですね。                  


「佃は今でいう童顔のハンサムボーイ、その後今で言う甲子園ギャルに大騒ぎされることになる。電話攻勢に悩まされた佃の実家では終日電話機に布団をかけ、一日のファンレターは200通を数えた (Number129号より引用させていただきました)


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桑田投手退団? Number129 20年前の夏

Number129 昨日のニュースによると桑田投手が巨人を退団するとのこと。桑田投手の公式ホームページで本人がそう言ったのですから間違いないのでしょうね。特にファンではなかったし、巨人も好きじゃないので(理由は・・・なんです←選手が嫌いというわけでなく別の理由なので (^_^メ))今までそんなに気にとめてはいませんでしたが、何せ、高校時代は、清原選手とともにKKコンビと言われ、その頃のPL学園は敵なしの常勝チームの印象が強かったのと、当初は早稲田進学とか言ってて、清原が巨人に一位指名されるものだと思っていたので、急転巨人入りした時は、江川さんの件(詳しい経緯は知りませんが)もあったし、あの清原が泣いて(今じゃ考えられないけど  (^_^メ))いたので、桑田のイメージはずっと悪いままでしたが、退団となると20年の歳月を感じさせられました。          


Number1_1  詳しいことは、スポーツ新聞やネットのニュースで知ることができると思いますので、ここでは省略しますが、高校生の桑田投手が表紙の「Number129」が出てきたので、自分でも驚き!!!です。しかも、これは「ハンカチ王子」佑ちゃんブームのせいかもしれませんが、近年まれになく高校野球が盛り上がったので、再び高校野球が大好きだった子供の頃~ティーンの頃が懐かしくなり、ダンボール一箱分の切抜きや写真、雑誌を取り出して読んだりしていたのですが、それとは別に、雑誌を整理していたら書棚の本と本の狭間から出てきたのが「Number129」というわけです。しかも表紙が桑田投手!!こんなことってあるの?と自分だけで勝手に驚いています(^_^メ)。 洋服とかはタンスのこやしになってたり流行おくれのものはバシバシ捨てたりバザーに出したりするのだけど、高校野球の関係のものだけは半分くらいは捨てたのだけど、思い出がいっぱいつまってて捨てられずに現在に至ってるっていう感じです。この時、桑田選手と清原選手は全国制覇、そのあとも立浪選手とか出てきて、暫くPL学園の黄金時代が続いた記憶があります。そしてこの号にはやはり早稲田進学から急転ヤクルト入りしたばかりの荒木大輔君も載ってます。この129号は「甲子園まるかじり」って感じですね。これだけ高校野球の記事載せたのは最初で最後じゃないかと思います。って、もう高校野球じゃ売れないから特集しないのかもしれません。今年も斎藤君の独占インタビューはあったけど、まるごと甲子園特集はないもんね。それは「輝け甲子園の星」におまかせって感じかな(^_^メ)                  Number_kuwata_1
ただ、桑田は、浮ついたところがなく、小柄だけどそのハンディをクレバーな投球でカバーしているし、本当に野球が好きなんだなっていうところは好感が持てるんだけど、とにかく入団の時のダーティーなイメージが強すぎて応援していく気持ちにはなれなかったのです。まあプロを目指す選手には子供の頃からのひいきのチームがあるわけで、ドラフトっていうのはその夢が崩れてしまう部分があると思います。ならば契約金の上限を決めて好きな球団を選べるようにすればいいと思います。最近は選手の好みの球団は分散してみたいだし。でも人気のないチームは相変わらずいくつか存在するようですね。


Number_kiyohara 星野仙一さんのエッセイも載っていて、引用させていただくと、「M選手(一応当時はすごく有名な選手)はこれからどうなるかわからないけど、そう急に○○をしょってたつ選手になるとは思えない。別に△△高校が憎いというわけではないが、選手の態度、言葉遣いが気になったことがある。正直あれで高校生か、どんな教育をしているのかと腹が立った」って書いてありましたが、私も当時同感でした。やはり同じ頃優勝した選手たちを街中でナマで見たことがあるのですが、はっきしいってヤ○キーでした(^_^メ)。あの頃はチョイ不良系が主流だったから、荒木大輔君や斎藤君みたいな選手が出てくるとほっとするのかもしれません。でも今年の選手たちを見てると、田中君も鹿児島工業の選手も本当に野球の好きな高校生っていう感じで、どっちの学校も応援したくなるような試合がいくつもありました。個人的には福知山成美の駒谷君がいいかも。


Number_araki この頃、母校が本当に珍しく大学野球で優勝しておおはしゃぎした記憶があります。それも甲子園で活躍したルーキー様様の優勝だった記憶が(もしかしたら勘違いかも)。学生の頃は野球より楽しいことがいっぱいあって、弱い時はぜんぜん応援にも行かなかったけど、あの時だけは、ああここの学校に入って良かったと思ったものです。というわけで、甲子園を沸かせた斎藤君がそのまま大学野球でも活躍すれば、早慶戦だけでなく、その他の試合も絶対に盛り上がると思う。明治や法政だってメチャクチャ強かったですから。あと現在ベイスターズにいる?川村投手の頃の立教も優勝してたし、本当、時間があればどの試合も見たいですね。欲を言えば、東大がもう少し強くなってくれれば試合も盛り上がるのだけど・・


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ステキなオーガニックカフェと神宮球場散歩

Brown_coffe7 今年の4月頃から業務量が激増しましたが、野菜ジュースヨーグルトと玄米ごはんのおかげで何とか乗り切っていますが、過去に生死をさまような大病をしたため、定期的に病院に通っています。その日はお天気も良かったし、母校のパーティーに着て行くお洋服でも見ようかと青山ベルコモンズにあるお店と、同じお店の路面店の二つをハジゴしましたが、お洋服は手持ちのもの以上にコレといったものが見つからなかったので、結局買うのを見送ることにしましたが、ぶらぶらと表参道あたりも歩いているうちに、以前からちょっと知っていたお店「ブラウン ライス カフェ」でランチすることにしました。                                         

Brown_coffe_2   オープンテラスはいっぱいだったので、店内の席にしましたが、お客さんの大半が女性、それと外国人が少々。オーガニックレストランなのでもちろん禁煙、しかも内装もすっきりとしていて心地のいいお店です。お店のHPの中にも「ブラウンライス・カフェでは、都会にいながらも季節の移ろいや旬を感じていただけるオリジナルメニューをたくさんご用意しています。わたしたちが信頼し選びぬいた玄米、野菜、大豆を食材のテーマに、毎日全国から届く多くの食材の特徴をよく感じながら一番美味しい形でお召し上がりいただけるよう、シェフをはじめスタッフみんなが楽しみながら調理しています。心も体もほっとする、やさしいメニューをぜひお楽しみ下さい。」とありますが、看板に偽りはありません。あまり人に教えたくないお店ですが、玄米ご飯を美味しくいただけるうえに、何よりもお店のワイン(それも国産!山梨の「金井醸造場」のものだそうですが、今まで飲んだ白ワインの中で10指に入るといっても過言ではありません。そしてお店のスタッフのかたがちゃんとボトルを持ってきてその場で注いでくれるので安心)が凄く美味で私の好みのきりりとした辛口。お取り寄せしようかと思っていBrown_coffe_3_1ます。Brown_coffe2_1  Brown_coffe4_2 Brown_coffe6_1 Brown_coffe5        

                                                          

美味しいランチにすっかりと満足したあとは、表参道から外苑前まで散 歩しました。そう、真夏の炎天下のもとで熱戦(今年は決勝引き分け再試合という劇的なドラマがあったので、よりいっそう日本中が熱くなりましたね(^_^メ))が繰り広げられましたが、季節は既に秋、大学野球のシーズンです。ちょうど東都大学リーグの試合が行われていました。斎藤君が進学を宣言したことで、来年の大学野球界は盛り上がりそうですが、東都にも逸材Jingu2が沢山いますJingu1_1ので、目が離せません。

Jingu3 こちらは神宮第二球場。神宮球場のすぐお隣です。私が学生の頃は法政大学第二期黄金時代で、小早川さん(広島カープに入団)をはじめとするスラッガーが沢山いて、早慶戦は全く盛り上がりに欠けていました。なので、夏は甲子園!(高校野球)でしたね。この神宮第二球場で行われている高校野球の秋季大会の歓声が聞こえてきたことも(^_^メ)。高校野球以外に、東都大学の二部リーグの試合にも使用されています。

Jingu4 子供の頃からスケート好きだった私は、学生時代も品川スケートリンクやこの写真の明治神宮スケート場に通いました。フィギュアスケートじゃありません、念の為。

                                                                   

最後(おまけ)に、もと早稲田実業学校のあった場所に「祝・優 Sojitsu_3 勝」の看板を見かけました。現在は建物そっくり早稲田大学のオープンカレッジ(エクステンションセンター)に利用されているようです。王貞治さんや荒木大輔君の頃は、この早稲田鶴巻町から放課後ダッシュで西武線に乗って武蔵関?にあった練習場に通ったのですから大変でしたね。 商学部とか教育学部のように、見た目倍率30倍以上の学部は、受験番号がずっとあとのほうだと試験会場が早実だったのですが、今はどうなんでしょう?そういえば、安部球場っていうのもあって、木暮さん見たさに(ラッキーなことに私の周囲には木暮ファンがいっぱいいたんです。でも早稲田の学生さんで木暮ファンはいなかったんだけど・・(^_^メ))安部球場探したこともありました。残念ながら早稲田では孤軍奮闘(とにかく法政が強かったんで(^_^メ))のイメージしかありません。木暮さんはやっぱり高校時代がピークだったのかな?安部球場も今では無くなってしまい跡地は大学の施設でもできちゃったのかしらん?

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33年前の高校選抜の切り抜き

歴史に残る引き分け再試合の決勝戦からもう一月以上も経つのですね。甲子園に出場した球児の選抜チームは休むまもなく慌しく米国に遠征、斎藤君の進学会見、そして9月25日の高校生ドラフト、国体・・と、3年生なのに今年いっぱい予定が目白押しで大変。田中君(駒沢苫小牧)がどこに指名されるかも気になりますが、早実、その他の球児で大学進学を希望している選手たちは追い込みの時期ですね。推薦で決まってる選手もいれば、推薦がないので野球部主催の勉強会に参加する選手もいるでしょう。気の早いマスコミは斎藤君の進学先は社学だのスポ科だの政経学部だのいろいろ憶測しているようですが、あの大学に進学するのはほぼ間違いないのだし、しっかりした斎藤君のことですから、自分の意志で学部を決めて(推薦のための試験も一応あるんでしたね)、来春には六大学リーグ戦で登板する可能性もあるでしょうから、まあその時を楽しみにしましょう。どこの学部でも斎藤君そのものが変わるわけじゃないので(といっても、甲子園の某優勝校の選手は「とある大学」に進学して、4年生の頃にはストリート系のナリだったので笑っちゃった。斎藤君にはちょっと似合いそうもないかもね(^_^メ))どこでもいいじゃないって思うのですが、みんな斎藤君のママになった気持ちで心配しているのかもしれませんね。とにかく来年神宮でお会いしましょう。


今年は何度か不整脈を訴え(亡くなった元アイドル、甲斐智枝美さんも不整脈に苦しんでいたそう)ハードな山登りは一度もしませんでしたが、数回のトレッキングとテニスで相変わらず日焼けしまくりです。 今年はライブハウスデビュー(といってもお遊び)もはたし、元プロのミュージシャンだった某氏とデュエットで歌いました。あえて名前と歌った曲は伏せておきます(笑)。野球と同じくらい歌も好き。小学校の時好きだった番組が「ミユキ 野球教室」(日曜日の朝やっていたすごく地味な番組です。CMはとても耳に残ります)。長寿番組だったみたいだけど、いつの間にか見なくなって、気がついたら終了していました。


う~ん、自分でも書いてることがわからなくなってきましたが、「ライブハウスデビュー」が今年の一番の思い出になるはずでしたが、早実、駒沢苫小牧、鹿児島工業の選手たちが凄くいい試合してくれたので、毎年甲子園通いをしていた子供の頃~10代の頃の自分が甦り、久々に気合が入ってしまいました。


ここを訪れてくださるかたも、何故か宇高君のファン?のかたが多いので、もう一枚、宇高君のお父様の時代の切り抜きが出てきたのでご紹介します。当時の遠征先は韓国だったようですが、当時の選抜チームメンバーの写真です。実はここに写っている選手の試合は見たのかどうかも定かでないし、確実に知ってる顔は江川さんだけです。省略してありますが、写真の下にはメンバー表がありまして、残念ながら宇高君のお父様は選ばれていませんが、チームメイトは2名選ばれています。時の流れは速いものですね。


Senbatsu_1  江川さんのすぐ隣の選手(向かって右)が今治西の選手で渡部さんというかたです。その渡部さんのお隣の選手は江川さんとバッテリーを組んでいた小倉さんで、前列の向かって左から二番目のかたが、今治西の主戦投手の矢野さんというかたです。江川さんはあまりに有名ですが、この中で後にプロに入団したとかプロで活躍したという選手を知らないので、意外とこの時の全日本選抜の甲子園球児は普通の人生を送っているのかもしれません。


江川選手はやっぱり目立ちますね。このまえ徳光さんの番組で江川さんの高校生時代の映像や写真を流していましたが、プライベートまで追っかけられて、わざとマスコミに嫌われる態度をとっていたのかな?って思います。


Number  数年前までは週刊ベースボールマガジンの増刊号とか買っていましたが、ここんところ高校野球関係の雑誌はご無沙汰でした、が、先日発売された「Number」(これも冬季オリンピックの時期しか買わなくなってしまいました)の広告につられて立ち読みしたら、斎藤君が自分でちゃんと発言したことがそのまま記事にされているような気がしたので思わず買ってしまいました。私はてっきり荒木大輔君と同じようなタイプと思っていましたが、それは勘違いだったようで、インタビュー記事みてもしっかりしてるし、テレビのインタビュー見てても、びっくりするほと強気で負けず嫌いな部分が垣間見られりする一方で、礼儀正しく謙虚な部分も持ち合わせていたりと、「魅力のデパート」みたいな斎藤君は、これからも気になる選手になりそうです。             


  ★おまけ★ この切抜きは、宇高君のお父様が甲子園に出場時、一番の人気だった佃投手(広島商業)です。広商は静岡高校を決勝で破って優勝しました。当時、私はお子様でしたが、その時たまたま広島にいたので、その時のフィーバーぶりは子供心にすごく印象に残っています。Tsukudasan1_5

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33年前の週刊ベースボール切抜きに宇高君のお父様が・・

ハンカチ王子様や駒大苫小牧の田中君たちが無事米国から帰国しましたね。紀子様の男子ご出産報道でハンカチ王子様フィーバーが収まるかと思ったのが甘かった。来週のプロ志望提出届締め切りまでは、ハンカチ王子様の進路をめぐってマスコミは取材を続けるでしょうね。


小学校の頃、軟式野球をやってたこともあり、愛読書は「男ドアホウ甲子園」、週刊ベースボールの切抜きを集めていた私。何故か一番ハマった大ちゃんの頃の切抜きを引越しの時に間違って捨ててしまった可能性が大きいのが今となっては悔やまれます (´Д`。)グスン 。 子供の頃の切抜きが何故か一番残っているみたい。その中に、ナント、今年の夏の大会に出場した今治西高校の宇高君のお父様の記事がありました。宇高君は、全日本選抜の合宿で、地元特産の青いタオル(これはハンカチ王子さまにあやかって?)を選手に配ってたお茶目さん。たぶん、お父様の記事は週刊ベースボールマガジンだと思います(^_^メ)。切抜きが劣化しているのとピンボケのため、非常に見苦しくて申し訳ありませんが、「今治西・北陽 7回裏、宇高の外野フライで??(解読不能)がホームに突っ込んだが、タッチアウト」との説明が・・残念ながら肝心の宇高選手のお父様の写真はなく、ホームに突っ込んだ選手が写っていますが、30年前の宇高君のお父様の記事が残っていたなんて、ちょっと感激。もっと綺麗に画像を表示できたら、いつか再アップしますね。ちなみに、今回ハンカチ王子様や田中君が選ばれた全日本選抜の代表だった今治西高校の矢野投手というかたの切り抜きも出てきたのでアップします。既に引退した江川選手(巨人)とか現在法政大学野球部監督の金光さんも選抜メンバーだったみたい。残念ながら宇高君のお父様は全日本メンバーじゃなかったみたいだけど、30年の時を経て、息子さんが活躍しているなんて、なんだか夢のようですね。 今治西高の選手でリアルに印象に残っているのは、三谷志郎さんという投手です。おうちがミカン農家だったような・・(その後、早稲田大学に進学)

そのうち、今や渦中の人となった応武篤良・早稲田大学野球部監督の思い出話なんかもしようかな・・(^_^メ                                                    


  Imanari_west2_2


                                                    

                                                           (追記) この日の中にある宇高君のお父様の記事の切り抜きは、ピンボケになっていたので削除させていただきます。同じ記事は9月16日(土)の記事に綺麗にアップしてありますので、ご覧になって下さいネ。ちっぽけな記事ですが、宇高君で何百人ものかたが訪問してくださってありがたいです。小学生の頃から切抜きを集めてきた甲斐がありました(^_^メ)私自身、小学校では軟式野球、中学ではソフトボールをやっていたので、小学生の頃から現在に至るまで、高校野球と大学野球ファンを続けてきましたので、今後も時間がある時に、アマチュア野球の楽しみを綴っていこうと思います。

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待っていた運命の人? 和泉監督&ハンカチ王子様

あの歴史に残る大死闘が終わって10日以上も経つのに、ハンカチ王子様熱は冷めぬどころか、ますます加熱気味になっていくようですね。米国まで追っかけ取材してるマスコミもいるようですが、卒業後の進路はあくまで本人の希望優先にしてあげたいものです(プロプロと煽るマスコミもいるようですが、無責任な煽りはやめて欲しいものです。でも本人が自分の意思でプロ志望ならば無理に大学進学をおしつけることもないし・・回りは静かに見守ってあげましょう)


ところで、ハンカチ王子様の出身地、群馬県では、ハンカチ王子様のお兄様の母校、桐生高校全盛期っていうのがありました。稲川なんとか監督の頃、東映フライヤーズで活躍した毒島章一さんがいた頃が一番凄かったらしいですが、もちろんその頃のことは知りません。私が夢中になったのは、やはり木暮洋投手の頃で、センバツでは県立前橋高校と共に群馬県代表として出場し、前橋高校の「小さな大投手」松本稔投手(現在母校の監督?ハンカチ王子様が誕生した年には中央高校の監督として夏の甲子園に出場しましたね)が比叡山高校相手に大会史上2人しかいない「完全試合」の偉業をやってのけたなら、木暮さんは26イニング連続無失点でベスト4、夏の大会にも出場した投手です。木暮君を支えたのが桐生の4番バッターで、春のセンバツではハンカチ王子様の母校の大先輩・王ソフトバンク監督以来の2試合連続ホームランを打った阿久沢毅さんです(プロからの勧誘が凄かったそうですが、地元群馬大学に進学して、現在はどこかの学校の教師をされているそうですが・・)。 


またそれから2~3年後だったでしょうか?中曽根康弘・福田赳夫元総理大臣の母校高崎高校にも、故・山際淳司さんの名著「スローカーブをもう一度」のモデルとなった川端俊介君という投手(速球と落差のあるカーブを武器に活躍)がいて、春のセンバツに出場したり(偶然見つけたブログは川端君について詳しいです)・・と、群馬県の文武両道の高校野球部に注目していた時期がありました。桐生高校が強かったのは、現在・慶応義塾大学硬式野球部監督の相場さん の頃までだったと思いますが、ハンカチ王子様のお兄様も県でベスト4ということですから、コンスタントにいいところまではいっているのでしょうね。Joshuji1_1


10年以上前になりますが、星野富弘さんの絵を東村(現・みどり市)の「富弘美術館」に見に行く途中に立ち寄った前橋の「煥乎堂」という書店で「上州路」という郷土誌のバックナンバーを何気に見ていたところ、「群馬の高校野球」特集号があり、前述の木暮・松本投手の記事が沢山載っていたので迷わず購入しました(随分前のバックナンバーなので、購入当時、既に変色していました(^_^メ))                                                                                                                                 Matsumotokogure_2                     

春のセンバツにW出場した前橋高校の松本稔投手と桐生高校の木暮投手

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桐生の好投手木暮とスラッガー阿久沢コンビ

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桐生がベスト4の時の地元の歓迎ぶり

前高と桐高のセンバツW出場の記事(上州路 より)       Maebashikiryu2

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春のセンバツで完全試合(対比叡山)後に観衆の声援に応える松本投手(ルックスは似てないけど、小柄なところとか、前高が早実と同じ白のユニフォームなので、斎藤君のイメージとちょっとダブります)   下の写真も松本投手Mastumoto2_1_1


そして最後になりますが、早稲田大学時代、孤軍奮闘していた木暮投手と早実優勝監督和泉監督が偶然上下に写っていました。当時和泉監督は捕手でしたが、正捕手は、前橋工業出身の泉(苗字は同じですが、字が違う)さんだったみたいです。なんだか、この写真が20年以上経ってからのハンカチ王子さまとの「運命の出会い」を暗示しているような気がしたのは私だけでしょうか?木暮さんが群馬出身でハンカチ王子様のお兄様の母校の先輩だからっていう単純な理由に過ぎないのだけどね(^_^メ)

Kogureizumi

Mukaida

木暮投手や和泉早実監督と同じ早稲田で活躍した前橋工業の向田投手も載っていましたので追加しました。

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やったね早実 大ちゃん以来の決勝進出!

さっき早実が決勝進出を決めました!!!オメデトウございます。 明日の決勝の対戦相手は3連覇を狙う駒大苫小牧高校。こちらはアニキ分の駒沢大学が箱根駅伝で毎年大健闘、冬季オリンピックメダリスト橋本聖子さんを輩出したスピードスケートの名門校と聞いておりますが、野球のほうも、かつてのPLの黄金時代を彷彿させる強豪となりましたね。去年の秋の神宮大会では早実は駒大苫小牧に完敗しているそうなので、今度は早実が雪辱をはたせるといいな~ 斎藤投手、本当にクレバーな投球で、ピンチにも動揺せず、スライダーとストレートの速球をうまく組み立て相手をバッタバッタ三振に打ち取り、素晴らしいの一言に尽きます。一度だけ、鹿児島工業のムードメーカー、唯一ツルッツルの坊主頭で巨漢の今吉君のオタケビにびびちゃって緊張してるのが可愛かったわ~。 その鹿児島工業の選手も、初出場らしい初々しさと爽やさを持ち合わせたとても素晴らしいチームでした。できることなら、鹿児島工業も決勝にいって欲しかったです。 最初のピッチャーの下茂君はちょっと平田満っぽかったし、次に出てきた、本来はエースの榎久君は、精悍な顔つきの薩摩隼人っていう感じですごく目だっていました。 試合終了後、巨漢今吉君が笑顔で斎藤投手の肩を叩いて激励、それに笑顔で答えた斎藤投手のシーンが印象的でした。春夏初出場で準決勝まで進んだ公立の鹿児島工業の選手たちにも拍手を送りたいと思います。


早実26年ぶりの決勝っていうことは、あの荒木大輔君や亡くなった小沢さん以来ってことですね。 あの時の相手は地元横浜愛甲投手の横浜高校で、横浜が優勝したけど、選手の中で、ボンタンズボンに白いエナメルベルトにソリはいちゃってる人、町でみかけたもんだから、早実の高校生らしさが妙に印象的でした。 あれから早実のイメージは変わっていません。もっとさかのぼれば、子供の頃、初めて早実を甲子園で見た(エース投手は弓田さんという人でした)時からずっとイメージ変わってません。 残念ながら、私は明日の決勝を見ることができませんので、明日の健闘をお祈りいたします。


PS:さっきヒーローインタヴューを見ていたら、普通の球児はデッカイタオルでガッツンガッツン汗ぬぐうのに、斎藤投手は、ハンカチのように小さなグレーががったブルーのタオル(それもきちんと折りたたまれている)を静かに取り出してお上品に汗ぬぐっていたのにはビックリしました。きっとご両親にそのように育てられたのでしょうね(^_^メ)。


和泉監督も、決勝に進んでも本当に腰の低い謙虚な人ですが、昨日、若い頃の和泉監督の切抜きが出てきましたのでアップしました。


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早実またまた快勝

先週、早実(早稲田実業)のアンダーシャツがエンジと書きましたが、白の間違いでした。すみません。ウィンドブレーカーがエンジ色でした。その早実、前回乱打戦で最有力優勝候補の横高に勝った大阪桐蔭にも快勝しました。和泉監督(この監督さん、荒木大輔君のお兄さんが早実・早稲田で活躍した頃、選手してたかも?)も腰の低い謙虚な人柄で好感が持てますが、大きな選手に混じってちっちゃな選手も活躍して、高校生らしいチームで好感が持てます。荒木大輔君や亡くなった小沢二塁手の頃とチームカラーはあまり変わっていません。斎藤投手も見た目普通の青年ですが、すごい速球をビュンビュン投げて相手を三振に打ち取るところが爽快ですね(桐蔭の主砲・怪物中田君を3三振)。プロに行くのか早稲田に行くのか定かでないけど、肩を壊さないように気をつけて、これからも勝ち抜いて欲しいものです。        

  Izumi         

大学時代の和泉監督(今よりずっとスレンダー(*^_^*))

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早実快勝と小沢章一さんの死

高校野球開幕!それと同時に気温もグングン上昇して一月遅れの夏が来たようですね。蝉の鳴き声も聞こえるようになりました。


久々に夏の大会に出場した早実(早稲田実業)が快勝しましたが、以前は毎年甲子園で野球を観戦していました。高校大学受験の時も呑気に40度になる炎天下のアルプス席で、当時はミネラルウォーターもそんなに普及していなかったので、水分補給と体を冷やすために「甲子園名物 カチ割り氷」を買って観戦していました。一番最初に見たのは確か、鹿児島実業の定岡(元巨人)だったような気がします。池田の水野、横浜の愛甲、名電工の工藤、報徳の金村の頃が全盛期でしたが、ドラフト候補のスター選手がぞくぞく現れる一方、元中日の星野監督もおっしゃっていましたが、何か「すれてる」選手も多かったような気がします(眉にソリとかボンタンズボンとかね。今は眉を「整えてる」のだそうですが(^_^メ))。


その中で、進学校の都立国立高校と同時に出場した早実の選手は、爽やかで、高校生らしい感じがしました。エンジのアンダーシャツに白のユニフォームはアニキ分の早稲田大学と同じ、また試合中に「紺碧の空」の合唱が始まると大学野球と錯覚してしまうほどでしたが、古豪の実力あるチームにもかかわらず高校生らしいチームだという印象で好感を持ち、いつの間にか、早実を応援するようになりました。当時超アイドルだった荒木大輔君以外に、凄く印象に残る選手がいました。それは小柄ながらも、三遊間に飛んだ打球もすばしっこい動きで難なくキャッチ、一塁へのすばやい投球・・と、見事なグラブさばきを見せてくれた二塁手の小沢章一さんです(3年生の時はキャプテン)。荒木君もリトルリーグかシニアリーグの世界大会で優勝するほどの実力者ですが、この小沢さんなくしては甲子園の出場もありえなかったような気がします。早稲田大学に進学してからは野球をやっていなかったようですが、大学卒業後、千葉の高校で野球を指導していると聞き懐かしく思ったこともありましたが、その小沢さんが今年の1月に41歳の若さで亡くなったと聞き、ショックを受けました。もしお元気だったならば、久々の母校の春夏出場をどんなに喜んだことかと思うと、あまりに早すぎる死が悔やまれます。闘病生活中にキリスト教に入信して受洗されたそうですが、その話を知った時、小布施の新生病院の小さなチャペルを思い浮かべてしまいました。江戸アケミさんでしたか、「人はまた去ってゆく、思い出だけを残して」ではありませんが、名二塁手小沢さんは、まさにそんな感じです。心からのご冥福をお祈り申し上げます。


早稲田大学野球部の応武監督を見て、凄くおじさまになってるのにビックリしました(スミマセン)。大昔、広島市民球場で見た時は崇徳高校(バレーも強いらしい)の選手でした。黒田投手(どっかのプロ球団に在籍していた?)をひっさげ春の選抜で優勝。夏は病気か何かでダウンした黒田選手にかわって登板した急造投手の兼光さんが、延長戦にもつれこんでヘロヘロになったものの、応武監督の好リードで試合が辛勝したという記憶があります。この兼光さんがアイドル系のルックスだけに、ついつい同情してしまったものです(^_^メ)。専修大学進学後、今どうしておられるのでしょうか(^_^メ)?当時監督だった久保さん?も凄く変人だったよう気がします。


優勝候補筆頭だった春の覇者・横浜高校はあっけなく初戦で敗退。神奈川大会は全国で一番の激戦区で、5回戦あってやっとベスト8だから(鳥取の10倍くらい参加校あるみたい)、代表になるまでに力尽きちゃうんですよね。                                             


Ozawa 20年くらい前の雑誌「NUMBER」(文藝春秋社刊)に、全国の甲子園球児の各都道府県ベストメンバーを選ぶ企画があり、東京のベストメンバーの中に小沢選手の名前があります                  

  

Araki_1荒木大輔君が2年生の時は3回戦で、金村投手率いる報徳学園にサヨナラ負けしてしまいました。ガックリとうなだれる荒木君の後ろの選手が今は亡き名二塁手の小澤さんです。  



Sojitsu_7早稲田大学の校舎の一角に早稲田実業の昔の写真が飾られていました。はかなげな美人画で有名な竹久夢路画伯が在学中の頃でしょうか? 早実も歴史のある学校なんですね。                                                                                                          

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